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本物の変態。極北、といった感じ この作品ほど、読んでいて気持ちの悪い小説を体験したことがない。内容から、文体から、気味が悪くて仕方ない。三島由紀夫の「仮面の告白」も大概だが、ここまでくれば本物の変態だ。素材や出来事で猟奇的なものは数あれど、この世界の発想、嗜好、思考、行動、今でも思い出すだけで鳥肌が立ってくる。これほど怖い小説はない。性への執着で並び称されることもある谷崎潤一郎の小説が、一方で性や女性に対してどこかとても醒めている視線をいつでも保持しているのに比べ、ここでは性への100%のオブセッションが貫かれている。 ある種極北、といった感じ。正直、自分はついていけないほどの濃さ。凄い。 川端康成の最高傑作 もう言うことはない。ノーベル賞作家であろうとなかろうと、この作品は最高である。 うすぐろい欲望。 きれいな娘、なれた娘、小さい娘、あたたかい娘、それから黒い娘と白い娘のふたり、老人の屍臭と若い生気を思いがけない結末がうらがえしてみせた。巧い。 プルーストにも「眠れる美女」がある。眠るアルベルチーヌを「私」がながめるくだりだ。こちらは直截な官能というのではなく、だから彼女の「中」にはいっていく気持ちなどはなく、れいの、いつものように、「私」は自分の「中」にはいっていくのだ。肉をわけいる心、ひだに窒息しあえぐ呼吸、そうした「肉体的精神」の応酬はみられない。そしてそのぶん、「私」の私らしさ(「自分」だけ)がつよくあらわれている。それにくらべると、江口老人のうすぐろい欲望の影と、男の性の身勝手な性質などは、いっそ愛すべきものといっていいほどである。(ただし私自身は愛せなかった。) 眠れる美女 (新潮文庫) 川端 康成 |
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